第2回 音速を超えてからの加速テクニック

加速しても、音速計上は遅くなる?

マッハ1.4付近からは、加速が弱くなります。空気抵抗が急激に増大するためでしょう。

これを短時間で乗り越えるために、迎え角を下げます。誘導抵抗(揚力と共に発生する抵抗)を少なくする方法です。迎え角計を見ながら、適切な値まで下げていきます。

飛行機の性能は、抵抗と推力のバランスで決定します。今、推力はもう一杯なので、抵抗を減らしていっているわけです。当然、抵抗が減るようにすると揚力も減ってしまうので、徐々に飛行機は降下していきます。

降下する飛行機は、降下分だけ推力を得ることになります。重力方向と飛行方向の角度から、前方へ行くベクトルの長さが大きくなります。

極端な例を挙げれば、飛行機が真下を向けば、自分の重さが推力となることが分かるかと思います。また、降下によって位置エネルギーが速度エネルギーに変換されるので、さらに加速は良くなります。

降下するときの合計推力(Illustration:宮坂デザイン事務所)

実際の速度が上がっても、「音速」の数値は低くなる!?

迎え角を減らすことによって抵抗が減り、かつ加速も良くなる。一見、これは良いことばかりに見えますが、実はここに落とし穴があります。

音速は基本的には密度・圧力・温度の関数ですが、上記の場合、一番影響するのが温度です。降下すると外気温度が上がります。温度が上がれば、音速も速くなります。

すると計器上の速度が同じでも、音速計上ではどんどん遅くなります。音速自体が速くなるためです。降下開始前はマッハ1.3だったのに、降下加速したらマッハ1.25になっていた、なんていうのはざらです。

戦闘に使う場合、音速よりも実際の速度の方が大事なので、エネルギーレベルが高くなる運動エネルギーを得た方が得です。しかし今日は音速での高速を狙うことが目的ですので、これでは達成できません。

渡邉吉之・著
『戦闘機パイロットの世界
“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論

飛行時の体感から、計器・HUDの見方、エンジンスタートから着陸までの手順、空戦やマニューバー、失速や緊急時の対応方法まで!

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渡邉吉之元航空自衛隊パイロット、テストパイロット
(わたなべ・よしゆき)
1951年東京都生まれ。防衛大学校を経て航空自衛隊へ入隊。第8航空団(築城基地)でF-4EJ、飛行開発実験団(岐阜基地)でF-15J戦闘機などのテストパイロットとして勤務。操縦経験機種は各種戦闘機のほか、グライダー、軽飛行機、練習機、大型輸送機、ヘリコプターなど30機種におよぶ。
1990年、F-2支援戦闘機の開発のために三菱重工業に移籍。新製機や修理機のテストフライトを担当し、設計の改善等をアドバイスする。1995年、F-2の初フライトを成功させる。その後、同社の戦闘機の生産拠点である小牧南工場の工場長などを務める。
著書に『戦闘機パイロットの世界』(パンダ・パブリッシング)、共著に『零戦神話の虚像と真実』(宝島社)がある。