第3回 危険な音速マッハ1.4から減速するテクニック

バンクをとって、その抵抗で減速する

それでも、それだけではマッハ1.4未満までは減速できません。高度が上がると音速(対音速速度)は下がるので、計器上は速度数値が下がるのですが、実際の速度は下がりません。

そこで次に、誘導抵抗を増加させることで、運動エネルギーを減少させます。誘導抵抗は揚力を増せば増加する抵抗です。

しかし普通に揚力を増加させてしまうとさらに高度が上がってしまいますので、できれば5万フィートでゆっくり大きくバンクをとって操縦桿を引きます。バンク角を具体的に言うと、「背面180°+バンク角30°程度」から「背面200°+バンク角α程度」でしょうか。

(左下の機体)機体に左側に90度傾けて左旋回を始めようとしているカルフォルニア州兵空軍のF-15C(Photo:California National Guard)

ここはもうちょっと丁寧に説明しますね。5万フィート以上には上がってはいけないので、ロールして機体を反転させ(背面180度)、上昇を止めるために操縦桿を少し引いて飛びます(バンク角30度ほど)。

もしくは、左の方向へ向かいたい場合は、方向に200度ロールさせます。これにより背面の状態で左翼が20度下がった状態となるので機体は左方向へ進みます。そして上昇しないように、操縦桿をほんの気持ち(バンク角α)だけ引いて飛びます。

バンクを取るのは降下するためではなく、上昇しないためです。たとえば90度ロールしただけでは、高速で飛ぶ戦闘機の場合、氷の上を滑る浮き輪のように上昇を続けてしまいます。上昇を止めるには、背面にして機体を引っ張る必要があるのです(この話はのちの回でじっくり説明しますね)。

エアショーRIAT2012で、ちょうど200度ほど機体をロールさせている瞬間のMiG-29。200度という形を伝えるためで、音速飛行時のものではないのでご注意を(Photo:Airwolfhound)

そのまま大きくバンクをとって飛行していると、徐々に減速し始めます。ちょっとでも減速すれば、エンジン回転数も減少し始めるし、スピードブレーキも開き始めます。こうなればこっちのものです。飛行機を帰投方向に向けて高度を下げていけば、無事に帰ることができます。

なお、なぜ最初に誘導抵抗を増加させる減速方法を行なわないかというと、最初に上昇で少しでも減速させないと、操縦桿(つまり機体)が重くて飛行機を動かせないからです。

渡邉吉之・著
『戦闘機パイロットの世界
“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論

飛行時の体感から、計器・HUDの見方、エンジンスタートから着陸までの手順、空戦やマニューバー、失速や緊急時の対応方法まで!

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渡邉吉之元航空自衛隊パイロット、テストパイロット
(わたなべ・よしゆき)
1951年東京都生まれ。防衛大学校を経て航空自衛隊へ入隊。第8航空団(築城基地)でF-4EJ、飛行開発実験団(岐阜基地)でF-15J戦闘機などのテストパイロットとして勤務。操縦経験機種は各種戦闘機のほか、グライダー、軽飛行機、練習機、大型輸送機、ヘリコプターなど30機種におよぶ。
1990年、F-2支援戦闘機の開発のために三菱重工業に移籍。新製機や修理機のテストフライトを担当し、設計の改善等をアドバイスする。1995年、F-2の初フライトを成功させる。その後、同社の戦闘機の生産拠点である小牧南工場の工場長などを務める。
著書に『戦闘機パイロットの世界』(パンダ・パブリッシング)、共著に『零戦神話の虚像と真実』(宝島社)がある。