コンピュータの力で、昔と比べて超簡単に!?─④エンジンスタート

ジェットエンジンの場合、コックピット内は静かで振動もなし

私が初めて飛行機のエンジンを自力で掛けたのは、T-34という単発プロペラ機です。通称メンターと呼ばれている機体です。この飛行機は超古典的な飛行機で、レシプロエンジンを搭載していました。

浜松広報館に展示されている航空自衛隊で使用されていたT-34A練習機。単発レシプロの複座機で、航空自衛隊の練習機としては計116機が1954年から1983年まで使用されていた(Image:Hunini)

今考えれば車のエンジンと同じですが、目の前でプロペラが回り始めて、音と振動がコックピットを包むと、それまで徹夜で覚えていたエンジンスタート後の手順がぶっ飛んでしまって、もう何も思い出せなくなりました。今思えば、初回はエンジンさえ掛かれば、合格なのでしょう(笑)。同期の皆にも聞いてみたところ五十歩百歩でしたので、こんなものなのでしょう。

これと比較するとジェットエンジンはコックピット内では振動もなく音も静かで、心穏やかに手順を進めることができます。



エンジンスタート手順と制限事項だけは知っておく必要があり!

ちなみにテストパイロットが覚えるのは、その機体のエンジンスタートの手順程度で、その後はチェックリスト(手順と注意事項)を見ながらでもOKです。しかしエンジンスタートは自分のペースではなくエンジンのペースに合わせる必要があるので、その手順だけは覚えておかなくてはいけません。

その他にテストパイロットが知っていなければならない情報は、緊急手順とか性能とかではなく、厚いマニュアルの第5節に記載されている「制限事項」です。

具体的には最大速度や最大荷重、禁止機動、禁止操舵など山ほどありますが、各種武器の発射とかにもいろいろ制限があります。

とくに最大速度や荷重は、それぞれの形態によって異なりますので注意が必要です。例えば最大速度はマッハ2.5とされていても、それはクリーンの状態(搭載物がない場合)の話で、増槽タンクなどを懸架した場合はマッハ1.6とかになります。

制限事項については警報も出ませんし、知らなければ飛行機を壊してしまい、最悪墜落してしまうことになりますので、この情報だけはしっかりと覚えておく必要があります。

F-2のコクピットに座る筆者(後年、雑誌取材を受けた際のもの)。右肩のワッペンはTPC(試験飛行操縦士課程)のもの

 

とは言っても、F-15を含む以前の機体ではエンジンスタートに関して多くの注意事項がありましたが、現在はすべてコンピューターがモニターしてくれて何かヤバければ機体自らがエンジンスタートを止めてくれるので、とても安全です。

ただし相手は機械ですから、監視コンピューター自体が壊れている可能性もありますので、計器類をそこそこモニターしておく必要はありますけどね。

F-4以前などの昔の飛行機では、エンジンスタートで一番大事なのはEGT(排気温度)のモニターでした。これが制限値を超えそうになったら、エンジンスタートを止めなくてはいけません。さもないとエンジンタービンが融けてしまうからです。

 

これら制限事項については別の回に回して、エンジンスタートが無事にできたので、次回はプリタクシーチェックのお話をしたいと思います。

 

連載「戦闘機パイロットの世界2」第10回─終─


渡邉吉之・著
『戦闘機パイロットの世界
“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論

飛行時の体感から、計器・HUDの見方、エンジンスタートから着陸までの手順、空戦やマニューバー、失速や緊急時の対応方法まで!

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渡邉吉之元航空自衛隊パイロット、テストパイロット
(わたなべ・よしゆき)
1951年東京都生まれ。防衛大学校を経て航空自衛隊へ入隊。第8航空団(築城基地)でF-4EJ、飛行開発実験団(岐阜基地)でF-15J戦闘機などのテストパイロットとして勤務。操縦経験機種は各種戦闘機のほか、グライダー、軽飛行機、練習機、大型輸送機、ヘリコプターなど30機種におよぶ。
1990年、F-2支援戦闘機の開発のために三菱重工業に移籍。新製機や修理機のテストフライトを担当し、設計の改善等をアドバイスする。1995年、F-2の初フライトを成功させる。その後、同社の戦闘機の生産拠点である小牧南工場の工場長などを務める。
著書に『戦闘機パイロットの世界』(パンダ・パブリッシング)、共著に『零戦神話の虚像と真実』(宝島社)がある。