当時の日本は鉄の強度に自信がなかった
26年式が低威力なのは薬莢の中の火薬の量が少ないだけでなく、弾丸に対して銃身がユルイいのだ。
弾丸の直径は9.10mmなのだが、ライフリングの谷径は9.3mmある。一応、弾丸はライフリングに食い込みはするのだが、弾丸はライフリングの谷を埋めておらず、ライフリングの谷から火薬の燃焼ガスが漏れているのだ。
なんでこんなことになったのか。設計者は理由を書き残していないが、当時の日本の鉄の強度に自信がなかったのだろうと言われている。
なにしろ明治時代、小銃を国産していたといっても、その銃身の鋼材は輸入していたような状況だったから、元折れ式拳銃の結合部の強度にも自信が持てなかったのかもしれない。それならそれで元折れ式をやめて、コルト・ピースメーカーのような一体式のフレームにすればよかったろうにという気がする。
呆れるほど弾込め(とくに排莢)が不便なナガン
だが、ナガンはナガンで、「何でこんなものを軍用拳銃にした?」と思うほど弾込めが不便なのだ。
26年式は元折れ式である。銃を折ってシリンダー後部を開く。梃子の働きでエジェクターがカラ薬莢を一度に押し出す。
そして新たに実包を装填する。ハーフムーンクリップとかスピードローダーとか使えればいいのだが、そういうものが発明されていない時代なので、バラの弾を押し込むのだが、それでも元折れ式リボルバーの再装填は楽だ。2発くらいつまんで一度に入れることだってできる。
ところがナガンは、まず銃身の下にある棒を指でつまんでクルクル回してネジを緩め、棒を横へ動かして前へ引き出し、シリンダーの前から押し込んでカラ薬莢を押し抜く動作を、シリンダーを1発分ずつ回しながら7回やる。
そしてシリンダーを1発分ずつ回しながら7発弾を込めて、ローディングゲートを閉じて、また棒をくるくる回して固定ネジを締めて装填完了だ。最初の7発を撃ち終わったら、次の発射のために再装填している間に、26年式は3回か4回再装填して18~24発撃ってくるだろう。
ナガンのこの再装填の不便さは話にならない。戦場へ行くなら、これより古い黒色火薬のコルト・ピースメーカーでも持って行ったほうが、まだましだというものだ。できれば、この時代のリボルバーということならウェブリーでも持って行きたい。
いや、この時代の拳銃なら何でも選べるというなら、のちにイギリスの首相になった若きウィンストン・チャーチルは日露戦争の6年前のスーダン戦役にモーゼルC96自動拳銃を持って行った。26年式とモーゼルの自動拳銃、この落差は何なのだ?
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