第2回 要求仕様と開発──コンペJ-20の開発背景(2)

求められたのは航続距離と高高度迎撃性能

では、この「中国の国情を考慮」し、その防衛思想に適応した戦闘機に求められる要素とはなんだろうか。この観点でJ-20に求められた要素を考察してみる。

まず考えられるのは、航続性能である。
中国の国土は広大であり、長大な国境線を有している。国境すべてをカバーするような密度で戦闘機部隊を配置することは困難であり、ある正面で紛争などが発生した場合、遠方の基地から駆けつけることが要求される。
特に新世代戦闘機のように高価格で、数を揃えることが困難なものなら尚更である。

1996年当時において、すでに東シナ海〜太平洋における「列島線」の概念は中国軍において定着していた。
台湾作戦を例にとれば、作戦域は台湾本島のみならず、来援するアメリカ軍部隊を捕捉するため、さらに遠方の西太平洋への進出を求められることとなる。

中国が定めているとされる戦略上の防衛戦。第一列島線は中国海・空軍の作戦区域および対米防衛ラインとされ、第二列島線は中国海軍がアメリカ海軍の造園を阻止する海域とされる

技術的な性能などは後の連載で詳述するが、J-20はF-22と比較して航続性能が高い。F-22の戦闘行動半径は公表されていないが800キロ程度と推測される一方、J-20は1,000キロを優に超える。
これは中国の環境に対応したものと言えるとともに、いわゆる「外征軍」として、必要に応じ戦域近傍の外国に作戦展開し空中給油を多用するアメリカ軍機と、国内所在の基地を基盤に広大な領域で活動しなければならない中国機の違いであろう。

またJ-20は、良好な上昇性能とともに2万メートルへ到達する高高度性能を具備すると推定されている。
これはおそらくU-2高高度偵察機やRQ-4グローバルホーク無人偵察機など、アメリカ空軍の高高度偵察アセット(*2)へ積極的に対応するためと思われる。

(*2)アセット=asset。部隊として、行動中もしくは行動可能な戦闘単位を示す。例えば東シナ海において潜水艦を追いかけるために、佐世保の護衛艦数隻と鹿屋の対潜哨戒機が活動している場合、これらは「東シナ海で行動中の対潜アセット」と呼ぶ。また、海上自衛隊の全対潜戦力を「投入可能なすべての対潜アセット」という使い方もする。


(アメリカ空軍がYouTubeにアップしているRQ-4の動画)

中国にとって、アメリカ空軍の高高度アセットは優先度が高いターゲットである。アメリカ軍の作戦ネットワークにおける位置づけ(偵察センサーの中核)における重要度という点はもちろんだが、中国軍にとっては“政治的”に優先順位が高いターゲットだ。

なお、Su-27SKやSu-30MKKではその実用上昇限度の性能から2万メートルには上がれず、目視距離内での迎撃は困難だとされる。

また、意外に思われる読者の方もいるかもしれないが、中国はU-2やグローバルホークに加えてRC-135などの偵察アセットによって日常的に周辺空域(海岸線から約60海里)を跋扈されている。
この活動は1979年の米中国交正常化後も止むことなく、数十年前から現在に至るまで継続している。

さらに米中国交正常化までは頻繁に領土上空への侵入を許し、その迎撃に多大な苦労をはらっていた歴史がある。

アメリカ空軍の信号情報収集機RC-135V「リベットジョイント」(Photo:USAF)

このアメリカ空軍機による偵察活動は中国軍にとって防衛作戦上の障害というだけでなく、歴史的な理由から、その心理に大きな影を落としていると考えられるのだ。

J-20の優れた高度性能は、情勢が許容できないほど悪化した場合、周辺を飛行するこれら偵察アセットを葬り去ることを求められた結果であろう。

J-20は、将来相まみえるかもしれないF-22をはじめとするアメリカ軍機に対抗することはもちろん、必要とあらば西太平洋を含めた広大な領域において敵対する航空戦力を圧倒することにより、中国本土を防衛するために開発された機体と言える。

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薗田浩毅元自衛隊情報専門官、軍事ライター、ネイリスト
(そのだ・ひろき)
1987年4月、航空自衛隊へ入隊(新隊員。現在の自衛官候補生)。所要の教育訓練の後、美保通信所等で勤務。 3等空曹へ昇任後、陸上自衛隊調査学校(現小平学校)に入校し、中国語を習得。
1997年に幹部候補生となり、幹部任官後は電子飛行測定隊にてYS-11EB型機のクルーや、防衛省情報本部にて情報専門官を務める。その他、空自作戦情報隊、航空支援集団司令部、西部および中部航空方面隊司令部にて勤務。2018年、退官。