第4回 順風ではなかった成都の次世代機開発──J-20の開発(1)

現用機を「練習台」にする中国の開発手法

2007年10月のコンペ結果の決定まで、楊偉がどのようにJ-20に関わってきたのかは明らかにされていないが、おそらく師であった宋とともに積極的に関与してきたのは間違いないであろう。

その一つの例と推定されるのが、FC-1戦闘機の改良だ。成都は、輸出用としてFC-1(JF-17)を開発したが、2000年頃から楊偉は先輩の設計師から引き継ぐ形でFC-1の総設計師として従事した。

FC-1は2001年に初飛行したが、試作3号機まではCaret型インテークを採用していた。しかし2006年4月に飛行した試作4号機はその設計を変更し、中国初のDSIインテーク装備機として登場した。この大幅な改良はJ-20のDSIインテーク開発と無関係ではないだろう。

中国がパキスタンと共同開発した、パキスタン空軍のJF-17「サンダー」(2020年9月時点では配備されていないが、中国ではFC-1「梟龍」と呼ぶ)。DSIインテークを採用していることが分かる(Photo:Rob Schleiffert.)
北京の航空博物館に展示されている、Caret型インテークを採用していた頃のFC-1の試作機(Photo:薗田浩毅)

2006年は、新世代戦闘機コンペが大詰めを迎えている頃である。楊偉はFC-1の大幅改良をJ-20開発に必要なDSIインテーク設計の“機会”とし、FC-1の試験を通じて取得したデータはそのままJ-20の設計にフィードバックされたものと思われる。

また、2008年に初飛行したJ-10A改良型のJ-10Bは、J-20同様のAESA(アクティブ・フェイズド・アレイ)レーダーを搭載しているとされるが、おそらくこれもJ-20へのAESAレーダーシステム搭載のための予備試験とも捉えられる。

成都J-10Aの改良型であるJ-10B。レーダーをAESAに、インテークをDSIに変更しているとされる(Photo:Sunson Guo/flickr)

このように、重点とされる開発対象の戦闘機(この場合J-20)におけるコアとなる新しい分野の技術試験(DSIインテークやAESAレーダー)について、テストベッドのみならず他の戦闘機の改良計画を応用することは、近年の中国における開発手法となっているように思える。

新技術の実現可能性を見極め、本命における試験の際における中断・延期などのリスクを低減させることと、ソフトウェアの開発を先行的に行なうことが可能だと考えているのであろう。

J-10の練習台であったJ-8F

J-10の開発においては、PD(パルス・ドップラー)レーダーを中核とする火器管制システムが攻略すべき重点技術の一つとされたが、この際は、なんと瀋陽(瀋陽航空機製造集団)のJ-8Ⅱの改良試験を応用している。搭載するPDレーダーおよび搭載空対空ミサイルについて先行的にJ-8Ⅱに搭載して試験を実施し、その成果が成都のJ-10に適用されたのだ。

瀋陽がJ-8Ⅰを再設計して発展させたJ-8Ⅱ(NATOコードはフィンバックB)。J-10の開発に先立ちPDレーダーを搭載し、のちにJ-8Fへと発展した(Photo:SDASM Archives)

その後、PDレーダーを搭載したJ-8Ⅱは火器管制システムやエンジンを換装してJ-8Fとして空軍に採用され、部隊配備まで行なわれた。一見不合理とも思える手法だが、これは中国ならではの事情が関係している。

中国において、成都や瀋陽などの航空機メーカーは「国有企業」であり、国家の指導を受ける。各メーカーが開発の際に取得したデータや技術情報は、メーカーのものではなく「国家の所有物」なのだ。そのため各メーカーが管理する技術的情報は、必要に応じ他メーカーとの共有を指示される。

成都が担当するJ-10のPDレーダー試験が瀋陽のJ-8Ⅱを用いて行なわれたことは、成都の開発における負担を軽減する。また新型レーダー搭載によるJ-8Ⅱの能力向上は、旧式化するJ-8の延命を実現すると共に、瀋陽の利益へも繋がることになる。

このような開発試験の形態は、開発の効率化という利点のほか、各航空機メーカーにおける利益の均等な分配を図り、国有企業を保護するという側面もあるのだろう。

参考文献
『鹰击长空──歼10总设计师宋文骢传奇人生』(张杰伟・舒德骑[著]、中国工業企業文化部、2009年)
『一路前行──飞行设计专家李明』(袁新立[著]、航空工业出版社、2012年)
「兵工科技」2008年増刊(陕西省科学技术协会、2008年)
「舰载武器」2008年3月号(中国船舶重工業集団公司、2008年)
『当代中国的航空工业』(中国社会科学出版社、1988年)
歼-8ACT样机由于失控而坠毁
歼20牌口罩机?中国造飞机的,造坦克的,造航母的,全都造口罩了
歼20总师杨伟——造民品崭露头角
百度百科 杨伟
百度百科 钱学森

連載「元自衛隊情報専門官から見た中国戦闘機」第4回─終─

1件のコメント

国の音頭取りが上手く機能しているのが怖い。これ中国の強みかな。
日本じゃ機能すのか?帰属企業への感情面でうまくいかないような気がしますね

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薗田浩毅元自衛隊情報専門官、軍事ライター、ネイリスト
(そのだ・ひろき)
1987年4月、航空自衛隊へ入隊(新隊員。現在の自衛官候補生)。所要の教育訓練の後、美保通信所等で勤務。 3等空曹へ昇任後、陸上自衛隊調査学校(現小平学校)に入校し、中国語を習得。
1997年に幹部候補生となり、幹部任官後は電子飛行測定隊にてYS-11EB型機のクルーや、防衛省情報本部にて情報専門官を務める。その他、空自作戦情報隊、航空支援集団司令部、西部および中部航空方面隊司令部にて勤務。2018年、退官。