第8回 これから登場するJ-20Bこそが「真の姿」──J-20の性能検証(3)

推力偏向(TVC)によりベントラルフィンは不要に

もう一つ注目すべき点は、R79-V300は垂直離着陸のためにTVC1(推力偏向)技術を適用したエンジンであったことだ。Yak-141はVTOL機であり離着陸用のリフトエンジンを搭載するほか、主エンジンであるR79-V300はF-35Bのようにノズルを大きく可変させることができる。これは1996年に英国から博物館の展示品として寄付されたAV-8ハリアーのペガサス・エンジンに次いで中国が接したTVC技術を応用したエンジンであった。

R79-300やペガサス・エンジンのTVCは主に短距離/垂直離着陸(S/VTOL)のためのものであるが、J-20のベントラルフィンを不要なものとするためにはノズルを精密に制御するTVC技術が必要となる。これにより更なる高機動を可能とするとともに、高機動時の不安定さを解消することができる。

近年は操縦装置と積極的にリンクさせてノズルを複雑に可変させることにより、ピッチやヨーの制御にTVCが利用されている。ロシアのSu-57はTVCを積極的に取り入れることで高い機動性を実現しており、F-22と同様、ベントラルフィンを有していない。【※2】

F-22の技術的アプローチと、同機への対抗を目指したJ-20の開発要求を考慮すると、J-20も当然TVCの装備を目指していると考えるべきだ。そして、TVCの装備が実現すれば、対レーダーステルスの障害となっているベントラルフィンは不要となるだろう。

推力偏向技術はS/VTOL性能以外にも、機動性や姿勢制御性能を高めることができる。またその他にも、尾翼の小さくできるのでステルス性の向上が期待できる(Image:防衛装備庁)



いつ頃TVCノズルは装備されるのか?──WS-15の開発状況

では、WS-15の開発状況はどうだろうか。

2019年6月に中国の金属メーカーが公表した「中国航空機用エンジンの生産見積」という文書において、構成品の冶金や製造加工技術の問題から、WS-15の生産は2020年代中盤までは「年5基程度」と報告されていることが明らかになった。

裏を返せば、これはWS-15についてすでに生産見積りの検討が指示されおり、その実用化が急がれていると解釈できる。現在のWS-10Cを搭載したJ-20Aはあくまでも暫定型なのだろう。

本年6月頃、「J-20がTVCノズルを搭載している」という情報が伝わってきた。これまでのところ不鮮明な写真が認められるのみであったが、2018年の珠海ショーにおいてJ-10が搭載していたTVCノズルと類似したもののようにも見える。ノズル横のベントラルフィンも装着されたままである。

2018年の珠海ショーで展示された中国製TVCノズル(Image:Tad)

現状、TVCを装備したJ-20のエンジンがWS-10なのかWS-15なのかは明確ではないが、TVCによる機体制御の実用化に向けて着実に開発を進めていることは間違いない。

TVCが適用されたJ-20ではないかと噂されている写真。ノズルが珠海ショーにおいて展示されたTVC適用のものと類似しているのが分かる(OedoSoldier氏のツイート)

言うまでもなくエンジンは、戦闘機開発において極めて重要な要素である。優秀なエンジンなしに優れた戦闘機は存在し得ない。そしてエンジンは中国の航空機関連技術において長年ウィークポイントとされてきた分野であったが、WS-10の実用化に代表されるように大きく飛躍しようとしている。

 

次回、J-20が目指しているであろうスーパークルーズへの取り組みと課題、またそれに関連したDSIインテークの改良についても見ておきたい。

参考文献

《学術論文など》
「铝镁钛轻质合金精铸件项目 可行性研究报告」(中国联合工程有限公司、2019年6月)
「形状记忆合金在飞行器进气道中的应用研究进展」(南京航天大学学报、2019年8月)
「“太行”研制瞎考」(胡诌施佬 微信记事、2018年)
「发明专利CN103225542B 一种可变形鼓包进气道的鼓包型面变形实现方法」(中国国家知识产权局、2015年6月3日)
「发明专利CN 110259580 一种可变形调节的DSI进气道」(中国国家知识产权局、2019年9月20日)
「Numerical Study on a 2-D Simplified Missile Separation from High Speed Aircrafts」(Journal of Physics : Conf.Series、2018年)
《書籍および雑誌》
「现代舰船」2018年10期,2019年06期(中国船舶重工业公司)
「海陆空天惯性世界」84期(中国科学技术协会、2009年12月)

 

【※2】この段落と上の段落において、J-20では精密なTVCによるピッチとヨーの制御が大事である旨の説明を追加しました[2021年9月25日]

連載「元自衛隊情報専門官から見た中国戦闘機」第8回─終─


脚注

  1. TVC……Thrust Vectoring Control(推力偏向技術)。ノズルの方向を変えることで噴流の向きを変え、機体の姿勢制御を行なったり、短距離/垂直離着陸(S/VTOL)性能を高める技術

1件のコメント

開発を急いでいると言いますが中国の場合少し考え方が違うと思います。コスト回収を急いでいます。エンジン開発に莫大な費用を注いでおりそれが戦闘機開発だけでは回収できないでいます。J-31などもこのWS-15を積むと言いますが、市場では契約がとれていません。中国武器市場の取引相手は中進国か後進国のため、高価な戦闘機を購入できないためです。そのため、C919など民間旅客機のエンジン用も開発して、運用実績や整備・運用経験値も含めて稼ぐ内容ではないでしょうか?軍民一体で事業に邁進する中国らしい発想です。

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薗田浩毅元自衛隊情報専門官、軍事ライター、ネイリスト
(そのだ・ひろき)
1987年4月、航空自衛隊へ入隊(新隊員。現在の自衛官候補生)。所要の教育訓練の後、美保通信所等で勤務。 3等空曹へ昇任後、陸上自衛隊調査学校(現小平学校)に入校し、中国語を習得。
1997年に幹部候補生となり、幹部任官後は電子飛行測定隊にてYS-11EB型機のクルーや、防衛省情報本部にて情報専門官を務める。その他、空自作戦情報隊、航空支援集団司令部、西部および中部航空方面隊司令部にて勤務。2018年、退官。