第2回 冷戦終結が新戦車への更新を遅らせた!?──M1戦車のアキレス腱(下)

“現代のティーガー戦車”

重量増加は、戦車自体の信頼性にも大きく影響する。駆動系のエンジン、変速機、サスペンション、駆動輪、転輪、履帯などには、以前よりもはるかに大きな負担がかかっている。さらに、重量のバランスが取れていないことも忘れてはならない。

重量増の相当部分を占める劣化ウラン装甲は、砲塔と車体の前面に装着されている。つまり、著しくフロントヘビーになっており、砲塔の回転部分や前部転輪は損耗のペースが相当に早いことだろう。当然、故障発生の頻度は上昇し、メンテナンスにかかる負担は極めて大きくなっているはずだ。

こうして見ていくと、現M1戦車は、第二次世界大戦時のドイツのティーガー戦車によく似ている。強力な大砲と厚い装甲を持つティーガーは、対戦車戦闘では無類の強さを発揮したが、過大な重量のために、その多くが機械的故障などで行動不能になって自爆処分されている。ティーガーだけで編成された独立重戦車大隊で運用されていたのも、メンテナンスに特別に手間がかかり、一般の戦車部隊では扱いきれないことが理由だった。

重量が重すぎて、木製の橋を壊してしまったティーガーⅠ戦車

ちなみに、ティーガーⅠの重量は56tで、M1の初期型に近い。ティーガーⅡでは同69tに増大した結果、機動性や信頼性が極端に低下し、ほとんど活躍できなかったことは読者もご存じであろう。前回も説明したことだが、米軍のように後方支援体制が充実している軍隊だからこそ、現M1戦車を使いこなせているのである。

なぜ他国は劣化ウラン装甲を採用しないのか

現M1戦車の重量増は、M1A1(HA)にバージョンアップした際に、劣化ウラン装甲を導入したことが大きく影響している。ちなみに、M1A1(HA)のHAとは、「Heavy Armor」の略である。

劣化ウランとは、核燃料を製造するウラン濃縮の過程で生じる「残りカス」である。軍事用だけでなく、重心微調整用のおもりとして民生用にも使用されており、入手がそれほど困難な物質ではない。

ウラン鉱石から、原子力発電などで使用する濃縮ウランを生成する過程で出る「残りカス」(低レベル廃物)が劣化ウランとなる(Figure:ホームページ「よくわかる原子力」の図を参考に作成)

ところが、劣化ウランを装甲に使った戦車はM1だけで、他国の戦車では主にセラミックの複合装甲を利用している。それはどうしてだろうか。

体積で比較すると劣化ウランの防御性能はたしかに高いが、とにかく重いのが難点である。ウランは地球上で最も重い物質の一つで、密度は19.1グラム/㎤に達するが、セラミックは非常に軽く、密度はわずか3グラム/㎤前後にすぎない。重量当たりで換算すると、劣化ウランの防御効率はセラミックに及ばないため、他の国は劣化ウランを装甲に使おうとしないのである。

前述したように、米軍は湾岸戦争時に劣化ウラン装甲を一気に導入した。イラク軍のT-72戦車が発射するAPFSDS弾に対し、HEAT弾向けのセラミック装甲では心もとなかったからだ。急場の際にすぐに入手できる素材で、装甲の製造にそれほど特別な技術が必要でないという点で劣化ウランが選ばれたのである。

当時の関係者は、その場しのぎのストップギャップくらいに考えていたのだろう。問題は、湾岸戦争でM1が圧倒的な勝利を収めたことである。「Battle Proof」(戦闘証明済み)のラベルは非常に重い上に、劣化ウラン装甲の防御力がさかんに喧伝されたため、「もう止めます」とは言い出せなくなってしまった。その意味では、成功体験の負の呪縛の一例と言えよう。

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樋口晴彦
(ひぐち・はるひこ)
1961年生まれ。1984年に東京大学経済学部卒業。1994年にダートマス大学 Tuck School でMBA、2012年に千葉商科大学大学院政策研究科で博士(政策研究)取得。
警察庁・外務省・内閣安全保障室等に勤務し、オウム真理教事件・ペルー大使公邸人質事件・東海大水害などの危機管理を担当。現在は、企業不祥事の分析を通じて、組織のリスク管理と危機管理を研究。
著書に、『組織行動の「まずい!!」学──どうして失敗が繰り返されるのか』(祥伝社)、『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社)、『本能寺の変──新視点から見た光秀の実像と勝算』『信長の家臣団【増補版】──革新的集団の実像』(パンダ・パブリッシング)など多数。