第2回 冷戦終結が新戦車への更新を遅らせた!?──M1戦車のアキレス腱(下)

第1回(上)では、M1戦車が急いで開発されなければならなかった背景と、その急造の弊害を補うためにガスタービンエンジンを搭載したことによる問題点を紹介した。
その後、M1は改良に改良を重ねることでの主力戦車として一級品となるが、その弊害としてどういう問題点を抱えることになったか、そして問題の大元が何にあるかを考えていく。

度重なる改修によって一線級に

初期型のM1は、M60と同じ105ミリライフル砲を搭載していた上に、複合装甲は装備されておらず、とても第三世代戦車とは呼べないものだった1。開発にあまりにも時間がかかり、新型戦車を求める現場からの圧力に耐えきれなくなったため、その時点で技術的に可能な範囲で「取りあえず組み立てた」というのが実態に近いのではないだろうか。

そのため、早くも1985年には、120ミリ砲とセラミック装甲を装備した改良型のM1A1が登場した。レオパルド2と同様に、ラインメタル社が開発した120ミリ滑腔砲を搭載したことで、攻撃力は一躍トップクラスとなった。

しかし、セラミック装甲については、対HEAT弾(成形炸薬弾)を念頭に開発されたものであったため、APFSDS弾(装弾筒付き翼安定徹甲弾)に対する防御力は十分ではなかった。言い換えれば、APFSDS弾を発射できる敵戦車との戦闘には不安が残る状態ということだ。

そのため、1991年の湾岸戦争では、現地で正面装甲に劣化ウランを組み込んでM1A1(HA)とする改修が急遽行なわれた。

正面装甲などに劣化ウランを組み込んだM1A1(HA)。写真は2015年、演習に参加している際のアメリカ海兵隊の同型戦車(Photo:U.S. Marine Corps)

湾岸戦争でM1A1(HA)がイラク軍戦車を圧倒し、一躍勇名を轟かせたことは読者のご存じのとおりである。その後、防御力を若干改良したM1A2、情報処理能力を強化したM1A2SEPへと続き、今日でも米軍の装甲戦力の中心となっている。

改修の代償として「16%も増えた重量」

以上のとおりアップグレードを重ねて、M1戦車は一級の実力を獲得・維持してきた。その一方で、あれこれと追加したことで重量はどんどん増加した。初期型の54.4tに対し、M1A1は57.1t、M1A1(HA)は61.5t、そしてM1A2 SEPは63.2tとなっている。初期型と比べると、現在のM1戦車2は約9tも増加しており、比率だと約16%増となる。

ガスタービンエンジンにより1500馬力ものパワーを有しているため、現M1の重量出力比がそれほど悪化したわけではない。しかし、重量が重いということ自体が、戦場では重大なハンデとなる。

軟弱地にはまり込みやすいのは勿論のこと、道路事情がよくないところでは、路面を陥没させたり、路肩を崩壊させたりするおそれがある。戦場で最も頻繁に出くわす地形障害は川であるが、通行可能な橋梁も限られてしまう。これでは戦車の機動性を十分に発揮することはできない。

さらに、戦車は集団で運用されるが、現M1部隊が道路に与えるダメージによって後続部隊の交通に深刻な影響が出ることも懸念される。

戦場まで輸送するのも大変だ。米軍最大のC-5輸送機の貨物搭載力は122tなので、M1A1までなら2両積むことができたが、現M1だと1両だけとなる。C-17輸送機は同77tなので、現M1戦車を1両積んだら、それ以外の物を運ぶ余地はほとんどない。

C-5Mスーパーギャラクシーの貨物エリアに搭載された2両のM1戦車(Photo:U.S. AirForce)

海上では、LCAC-1揚陸艇の標準搭載力が54tなので、現M1は完全にオーバーしている。米国海兵隊がいまだに旧型のM1A1を使用しているのは、そうせざるを得ないからだろう。要するに、現M1は重くなりすぎて、緊急展開には不向きになってしまったのだ。

脚注

  1. とても第三世代戦車とは呼べないものだった……M1の正面装甲は、装甲内部を空隙にする空間装甲であった。空間の幅がかなり広く、スタンドオフの距離をずらすという点で、HEAT弾に対してはそれなりの防御効果が期待できた
  2. 現在のM1戦車……以下では、表記の煩雑さを避けるために、現在米軍が使用しているM1A2以降の型を「現M1」と総称する

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樋口晴彦
(ひぐち・はるひこ)
1961年生まれ。1984年に東京大学経済学部卒業。1994年にダートマス大学 Tuck School でMBA、2012年に千葉商科大学大学院政策研究科で博士(政策研究)取得。
警察庁・外務省・内閣安全保障室等に勤務し、オウム真理教事件・ペルー大使公邸人質事件・東海大水害などの危機管理を担当。現在は、企業不祥事の分析を通じて、組織のリスク管理と危機管理を研究。
著書に、『組織行動の「まずい!!」学──どうして失敗が繰り返されるのか』(祥伝社)、『なぜ、企業は不祥事を繰り返すのか』(日刊工業新聞社)、『本能寺の変──新視点から見た光秀の実像と勝算』『信長の家臣団【増補版】──革新的集団の実像』(パンダ・パブリッシング)など多数。