第1回 初期アサルトライフル──M14 vs. AK47(前半)

この連載は、ライバル関係にある銃を比較することで、その銃の特長や本質を見ていこうという企画です。なるべく用途や時代が同じものを選んでいく予定です。

著者は海外でさまざまな銃を実際に撃った経験があり、銃に関する書籍も多数書かれている元陸上自衛官の「かの よしのり」氏です。

まず初回は、初期アサルトライフル対決としてM14とAK47を取り上げます。

独StG44への必死の対抗手段として生まれたAK47

[上]スプリングフィールド造兵廠が開発したM14で全長112cmほど、[下]ミハイル・カラシニコフが設計したAK47 Ⅱ型(長さを比べるため左右反転)で全長88cmほど

日露戦争から第一次世界大戦頃まで、まだ戦車は登場せず大砲は馬で牽いていたから機動性が低く、陸戦の主役は歩兵部隊の装備する小銃や機関銃だった。歩兵部隊は2,000m以上も離れて撃ち合うのが普通だった。もちろん2kmも離れた個々の敵兵を狙って命中させられるわけがないのだが、集団で撃って、敵の頭上に雨あられと弾を降らせて制圧しようという考えである。

そこで、小銃や機関銃に使われる弾は3km以上も飛び、2km以上も飛んだのち、なお殺傷力のある強力な弾だった。国によって多少違うが、だいたい10グラム前後の弾丸を3グラム前後の火薬で、秒速700~800mで発射し、カートリジ1個の重さは25グラム前後だった。

第二次世界大戦になると、戦車が出現し、大砲もトラックで牽いたり自走砲が出現したり、歩兵部隊にも迫撃砲や歩兵砲が装備され、歩兵の小銃は陸戦の主役ではなくなってきた。歩兵が銃で撃ち合うのは、ほとんどの場合数百メートル以内になった。

そうなると、2,000mもの距離で殺傷力のある強力な銃と弾を使う必要があるのか? もっと小型で軽い銃と弾にしたほうがいいのではないか? という考えが出てきた。それを最初に実現したのがドイツのStG44突撃銃だった。

1943年、スコープ付きのStG44突撃銃で狙いを定めるドイツ兵(Image:Bundesarchiv)

口径はそれまでのモーゼル98小銃と同じ7.92ミリだが、薬莢の長さが半分(つまり火薬も半分)ほどの小型弾薬を使い、セミオートで1発1発狙って撃つこともフルオートマチックでダダダダと連射することもできた。

これと戦ったロシア(当時は共産主義ソ連)は「これからはこういう銃の時代だ」と考え、大戦後小型弾薬を使うAK47突撃銃を開発するのである。



突撃銃への対応が後れたアメリカ

ところがアメリカはこの認識が遅れた。世界中の小銃がボルトアクション銃の時代にセミオートのM1ライフルを量産し、それで戦争に勝利した。またソ連軍と異なり、アメリカ軍はドイツの突撃銃(ほとんど対ソ戦に投入された)に悩まされた経験をしなかったからだ。

それでアメリカは、大戦後はM1ライフルの近代化バージョンにすぎないM14ライフルを量産配備した。

M14ライフルに使われる7.62mm NATO弾(7.62×51ともいう)は、M1ライフルに使われていた30-06カートリッジよりも薬莢の長さが12mmほど短くなっているが、火薬の燃焼特性の改良によって威力は同じというものだった。つまり、不必要に強力なのである。

左から7.62×54mmR(ドラグノフ狙撃銃などで使用)、7.62×51mm NATO弾(M14など)、7.62×39mm(AK47など)、5.56×45mm NATO弾(M16、M4など)、5.45×39mm(AK74など)(Image:Grasyl)

実はNATO諸国共通の弾薬を制定しようということになったとき、ヨーロッパ諸国は「これからは突撃銃の時代だ」ということを認識しており、もっと小型の弾薬にすることを主張していたのだが、アメリカは時代遅れの考えをゴリ押ししたのだった。

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かのよしのり
1950年生まれ。自衛隊霞ヶ浦航空学校出身。北部方面隊勤務後、武器補給処技術課研究班勤務。2004年定年退官。
著書に『銃の科学』『狙撃の科学』『重火器の科学』『拳銃の科学』(SBクリエイティブ)など多数。