なぜ、スペア機を先にプリタクシーチェックするのか
点検、補給、清掃が終わればPR終了だが、訓練に使用する機体の他に、スペア機を用意するために事前に数機のプリタクシーチェック1(Pre-Taxi Check:離陸前の作動確認)を行なう。
スペア機はエンジンスタートをした機体に故障があった場合に乗り換える機体で、乗り換えるためのタイムロスを少なくするためにあらかじめプリタクシーチェックを完了させておく。
訓練用の機体よりも先にスペア機のプリタクシーチェックを済ませる理由は、訓練用の機体のプリタクシーチェックをしている途中でトラブルがあった場合はスペア機にチェンジするわけだが、そこからプリタクシーチェックを再度最初から行なうとなると時間的なロスが大きくなりすぎるためである。
また、運悪くチェンジしたスペア機もプリタクシーチェックでトラブルがあった場合には、準備に時間がかかりすぎるため訓練自体がキャンセルになってしまう。
そう考えると事前に全機のプリタクシーチェックを済ませておけばいいのでは? と思うかもしれないが、それではパイロットの負担が大きすぎるので、スペア機だけを先に済ませることとなっている。
エンジンスタートに失敗すると朝から筋トレ!?
F-15はJFSによりエンジンをスタートさせる。JFS2は機体の油圧によって蓄圧された2本のアキュームレーター3によって始動するのだが、2本ということは2回しか始動できない。
当然、エンジンが始動すれば油圧ポンプから蓄圧されるのだが、JFSのスタートを2回失敗するとすぐにはエンジンをかけることができないことになる。
運悪く2回失敗した場合は、油圧を外部から供給するか、もしくはハンドポンプで蓄圧する必要がある。通常、列線ではわざわざハイドロスタンドを油圧小隊に持ってきてもらうよりも、ハンドポンプを突いて上げる方が手間もかからず速いので、後者で行なう。
とはいえハンドポンプは操作力25lbs4で、アキュームレーター圧力を3,000psi5まで上げるには325回もハンドポンプのハンドルを往復操作しなければいけない。つまり、結構な運動を強いられる。
JFSアキュームレーターの圧力と油量は、外気温度によって適正な値が決められている。(エンジンスタートに失敗した場合でなくても)外気温度が低かったり、時間経過により内部で圧縮空気の少量の漏れなどがあったりして圧が下がっている場合は、スタート失敗のリスクを下げるためにも、その分をハンドポンプで上昇させる必要がある。
ハンドポンプでゼロからフル充填させるような運動は朝からやりたくないので、PRを開始する前に外気温度(華氏)を確認するのはF-15の列線整備員の必須事項である。
ちなみに外気温度が0°F(約マイナス17.78℃)を下回る場合は、CGBとJFSアキュームレーターを予熱しなければならない。
予熱をどうするかは、前回までのアラートの解説で出てきたグランドクーラー6の出番となる。グランドクーラーが冷風だけではなく温風も出せるようになっているのはそのためである。さらに低い気温のときは、JFSを一度に二段引き(2本のアキュームレーターを一度に使う)をして始動するなどの手順がある。
それにはどうするかというと、JFSハンドルを反時計回りに45度回して引けば、2段目のアキュームレーター圧も放出される。なお、通常の1回目のスタートでは、ハンドルは真っ直ぐ引かないといけない。
PRとスペア機のプリタクシーチェックが終わって一息着くと、搭乗するパイロットがオペレーションから出てくる。
いよいよ飛行訓練の開始である。
連載「元F-15機付長が語る 戦闘機整備員の世界」第4回─終─
脚注
- プリタクシーチェック……エンジン始動後にタクシーアウトをする前に、パイロットと整備員が連携してスピードブレーキやフラップ、エルロン、スタビライザー、ラダーなどの作動を点検すること
- JFS……ジェットエンジンの始動のみを行なう小型ガスタービンエンジン。Jet fuel starter
- アキュムレーター……気体の圧縮性と液体の非圧縮性を利用して、液体のエネルギーを蓄えたり放出したりする装置。電気の「充電式バッテリー」の液圧版。蓄圧器とも呼ばれる。Hydraulic Accumulator(参考:日本アキュムレータ株式会社ホームページ)
- lbs……ポンド。ヤード・ポンド法などにおける質量の単位。pound
- psi……ヤード・ポンド法での圧力の単位。pound-force per square inch
- 牽引式グランドクーラー……整備作業のためにエンジンのエアコンを使わずに電子機器を作動させる場合、高温にならないように冷風を入れるためのもの。日本ではほぼないが、極寒の天候下では温風を入れる場合もある
コメントを残す