「中国からの挑戦状」Y-8Q対潜哨戒機─【前編】機体解説

最近、台湾周辺の空域が騒がし始めた新しい機体がある。それが中国人民解放軍海軍のY-8Q対潜哨戒機だ。

元自衛隊情報専門官で、まさに中国を長年ウォッチしてきた著者に、この新しい機体がどういうもので、中国がどういう意図をもっているか、そして日本や周辺国にどういう影響があるかなどを解説いただく。

なお長編となるため、前中後編の三つに分けて紹介していきたい。

最近、台湾周辺を騒がせ始めた機体

最近、台湾周辺の空域が騒がしい。中国軍機による台湾防空識別圏への進出が常態化しているのだ。進出の細部は台湾国防部のホームページで確認できる。台湾国防部は日本の防衛省のスタイルを踏襲し、侵入のたびに中国軍機の行動概要やTR(Target Recognized:目標識別)写真を公開している。

これまでH-6爆撃機やJ-11戦闘機、Y-8電子戦型などの飛行が認められているが、近年、とりわけ頻繁に進出しているのは、中国海軍航空部隊が運用するY-8を改造した対潜哨戒機(ASW)である。中国国内ではY-8Qと呼称されている(中国のウェブ上ではY-9反潜机[対潜機]としているものも認められる)。

2020年11月25日、台湾南西のADIZ(防衛識別圏)に侵入し撮影されたY-8Q。後述するGPS&衛星通信用の平面アンテナが機首上面に複数個ある(Photo:台湾国防部)[写真をクリックで拡大]

Y-8Qは「高新工程」と呼ばれる計画に基づき開発された機体である。「高新工程1」は、1980年代にスタートした中国国産の機体や搭載装備品をベースにした作戦支援機の開発計画であり、具体的には国産で信頼性が高いY-8輸送機をベースに(のちに新型のY-9輸送機もベースとなる)早期警戒機(Y-8J、Y-8W[KJ-200]など)や電子戦機(Y-8CA、Y-8Gなど)などが続々と開発されてきた。

Y-8QはKQ-200あるいは高新6号とも呼ばれ、高新工程における6番目の機体とされる。機首に大型のレドーム、尾部には長大なMAD(磁気探知機)ブームが装備されており、軍用機に関心のある方なら一目で対潜哨戒機と分かる外形である。

本記事では、Y-8Q対潜哨戒機開発の背景やその意義などについて考えてみる。

登場までの経過──他機よりも開発が困難だった!?

1990年代に入り、中国軍はY-8母体の「高新工程」に基づく機体を続々と就役させ始めたが、対潜哨戒機だけはその具体的な開発の動静が認められずにいた。

ようやく2008年頃から「Y-8を母体とした対潜哨戒機」の存在がウェブ上にて囁かれるようになり、2012年には発行された中国軍事雑誌「兵工科技」に「予想図」と称する図版が掲載されている。Y-8Qはおおむねこの時期に初飛行した模様である。

2019年10月の建国70周年の軍事パレードにおいて、Y-8Qは中国海軍カラーである淡灰色に身を包み、その姿を公式に御披露目した。また、この頃から東シナ海にも姿を現し、たびたび航空自衛隊機に対応(対領空侵犯措置)を受ける中国機の一つともなった。

同時期、Y-8ベースの早期警戒機や電子戦機がすでに部隊に配備されていたが、Y-8QはSH-5以来の対潜任務用の機体であるため、対潜任務用の機材の開発に加え、その搭載に伴う胴体の設計に相応の時間を要したと思われる。また、対潜哨戒機は急激な上昇下降を繰り返すことになるため、それに適応できるように機体構造の強化も実施されたと推定され、他の改造型と比べて改修に時間がかかったのかもしれない。

脚注

  1. 高新工程……「工程」は開発〜生産〜配備などをひっくるめたようなプロジェクトのような意。「高新」はハイテク+新型といったニュアンスを含んだ意味の造語だと思われる

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ABOUT US
薗田浩毅元自衛隊情報専門官、軍事ライター、ネイリスト
(そのだ・ひろき)
1987年4月、航空自衛隊へ入隊(新隊員。現在の自衛官候補生)。所要の教育訓練の後、美保通信所等で勤務。 3等空曹へ昇任後、陸上自衛隊調査学校(現小平学校)に入校し、中国語を習得。
1997年に幹部候補生となり、幹部任官後は電子飛行測定隊にてYS-11EB型機のクルーや、防衛省情報本部にて情報専門官を務める。その他、空自作戦情報隊、航空支援集団司令部、西部および中部航空方面隊司令部にて勤務。2018年、退官。