第9回 速度に合わせて「DSIのコブ」を変化させる!?──J-20の性能検証(4)

前回は、ベントラルフィンがステルス性能を損なっているが、国産エンジンが中国の期待どおりに完成すれば、その問題も克服されるであろう予測を述べた。

新エンジンとなれば、J-20はスーパークルーズ性能を獲得すると考えられる。

今回は、なぜ中国軍がスーパークルーズ性能を重視しているかを説明し、その後にDSIインテークの採用からくる高速性能の課題をどのようにクリアしようとしているかについて紹介したい。

なぜJ-20はスーパークルーズ性能を求めるのか

J-20の要求性能には、アフターバーナーの作動によることなく超音速で“巡航”するスーパークルーズ性能も不可欠であるとされている。

新世代戦闘機において、この性能がそれほどまでに求められる理由は何だろうか。

超音速巡航が実現できれば、敵による対処が困難な高空を高速で進出することができ、音速を超える巡航中に空対空ミサイル(AAM)を発射することにより、ミサイルの初速は増加する。ミサイルの運動エネルギーを向上させることは、その射程を伸ばすだけでなく、命中率の向上にも繋がる。

さらにステルス性能とスーパークルーズ性能により、敵に探知されることなく遠距離から高速でAAMを発射することで、ミッション達成率(この場合は、所望の目標を破壊して無事帰投する確率)を向上させることができる。

中国航空開発部門もこの点に着目し、J-20においてスーパークルーズ性能は不可欠だとしているのだ。前回で述べた新型国産エンジン開発においても、スーパークルーズ性能の実現こそが目的と言っても過言ではないだろう。

中国軍が考えるJ-20の運用においては、これらを活かして遠距離から探知されることなく高速で戦域に進出し、長射程AAMにより、直接進攻してくる敵戦術機のほか、敵軍航空部隊の後方に位置するAWACS(早期警戒管制機)や情報収集機などの戦力発揮に不可欠な作戦支援機を狙うことが考えられる。

たとえ撃墜は叶わずとも、直接的な脅威感を与え、作戦支援機を後方に下がらせるだけでも敵航空部隊の進攻を止まらせることが可能になるはずだ。



スーパークルーズ中のミサイル発射の問題点

しかし一方で、超音速飛行時におけるウェポンベイの開放からミサイルの発射に至る動作は、技術的に大きな困難を伴う。超音速環境下における機体周辺の気流やその圧力の影響により、現状、スーパークルーズ時において安定したミサイル・セパレーション(機体とミサイルの分離のこと)はF-22を除いて困難といわれる。

過去、超音速飛行時の兵器発射やチップタンク(翼端増槽)の切り離し試験においては、母機からの分離直後に、兵器などが母機に衝突するなどの結果が報告されている。

F-15Eのウエポン・セパレーション試験。飛行速度は不明だが、レーザー誘導爆弾の分離に失敗し、爆弾は後方に流れ破損してしまっている(YouTubeチャンネル「MultiplyLeadership」の動画よりスクリーンショット。画像クリックで動画へ移動)
主翼の翼端にチップタンク(翼端増槽)を付けたF-104S。超音速飛行時は上手く切り離せないこともある。なお、両主翼のハードポイントにぶら下げているのも増槽である(Image:Mike Freer)

J-20の搭載兵装技術に関連した情報は極めて少ないが、筆者は、中国のCALT(中国運載火箭技術研究院)の技術者らによる「高速航空機からの2次元簡易モデルを用いたミサイル分離に関する数値的研究」という論文が2018年に発表されていることを発見した。同論文の内容は、「超音速時におけるウェポンベイからのミサイル発射の際の気流の影響」についてコンピューターシミュレーションによる解析を行なっており、明らかにJ-20に適用される技術研究と推定される。

論文が発表された2018年という時期から、現状J-20が超音速環境下でウェポンベイからミサイルを発射する能力を保有しているのかは不明だ。しかし超音速巡航時にウェポンベイからの空対空ミサイル発射という高いハードルを越えようとしているのは間違いない。

2件のコメント

>速度に合わせて「DSIのコブ」を変化させる!?
>しかし筆者が知る限りにおいて、このような技術的アプローチを行なっているのは現在までのところJ-20だけだ。

https://twitter.com/EnriqueM262/status/1246441482661363713
https://www.thedrive.com/content/2020/04/235235ff.jpg

コーンの大きさを変えて空気流量を制御するのはF-111でやっていたこととなる。

>次々と意欲的に新しいアプローチを続けるJ-20から当分目が離せそうにない。

膨らまし方が違うだけで、新しいアプローチどころか60年前の技術の焼き直し、コーンの前後移動がない分だけ簡略版でしかない。

超音速機のインテークがショックコーン、二次元ランプと発展した先で固定インテークが主流となったのは、可変機構部分の省略による重量軽減、コスト削減のメリットがあり、それを可能としたのは空気流量を適切に制御できるインテークの設計技術の確立、固定式のインテークであっても推力を確保できるエンジンの実用化、さらにはマッハ2以上の高速を必要としなくなったという要求性能の変化があってのこととなる。

読者にとって「中国人が新技術(っぽいの)を開発しました、スゴイ」を伝えられること重要ではない。
なぜ中国人がいまになって可変インテークを必要としているのか、それが戦術上の要求なのか、具体的にこのガジェットの採用で速度、航続性能はどのように向上するのか、中国人の期待する性能向上はその程度なのか、それともエンジンが繊細な空気流量の制御を必要とするなどの技術的理由で重量もコストも増加するデバイスが必要なのかといった、開発、採用の意図・理由についてなど、中国語に精通していなければ掘り下げられない記事に期待している。

拝読いたしました
F-22に比肩する性能に近づきつつあるということですね
また、当該機について生産数が200機近いことも判明していますが
我が国をはじめ台湾・米国・韓国といった周辺国家の空軍力は
とくに主力戦闘機分野でどのような対抗策が練られているのでしょうか?

ぜひこの点を薗田さんにご解説ねがいたく思います

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ABOUT US
薗田浩毅元自衛隊情報専門官、軍事ライター、ネイリスト
(そのだ・ひろき)
1987年4月、航空自衛隊へ入隊(新隊員。現在の自衛官候補生)。所要の教育訓練の後、美保通信所等で勤務。 3等空曹へ昇任後、陸上自衛隊調査学校(現小平学校)に入校し、中国語を習得。
1997年に幹部候補生となり、幹部任官後は電子飛行測定隊にてYS-11EB型機のクルーや、防衛省情報本部にて情報専門官を務める。その他、空自作戦情報隊、航空支援集団司令部、西部および中部航空方面隊司令部にて勤務。2018年、退官。