第3回 なぜ瀋陽案は敗れたのか──J-20の開発背景(3)

元自衛隊情報専門官から見た中国戦闘機
前回は、当時の中国の国情からJ-20の要求仕様がどのようなものであったかを考察し、成都(成都航空機工業集団)と瀋陽(瀋陽航空機工業集団)による開発コンペやその設計案について紹介した。
今回はなぜ成都案が採用されて瀋陽案は敗れたのか、技術面からみてJ-20はどのような戦闘機なのかを見ていく。

瀋陽案はなぜ敗れたのか

瀋陽案は、これまでさまざまな想像図がウェブに流布されてきたが、先日中国中央テレビの映像において当時のものとおぼしき風洞模型が公開されたほか、瀋陽航空機に関連した報道などにもその姿が露出するようになり、おぼろげながらその形状が明らかになった。

第2回でも掲載した成都案(下)と瀋陽案(上)のイラスト。模型を基に作成(Illustration:宮坂デザイン事務所)

風洞模型などで確認されている瀋陽の案は、通常の主翼と水平尾翼に前尾翼を加えたものであり、前項の「内部資料」画像の上から3番目が該当する。機動性などにかかる点では極めて高い評価を得ていることが窺えるものの、成都案に敗れてしまった。

第2回でも掲載した、ステルス機コンペの審査に関する資料

その胴体はかなり細く、インテーク(空気取入れ口)は当初F-22と同じく、機体との間に隙間を有する矩形(くけい。長方形)のCaret型であった。全体の形状は、スホーイSu-27フランカーの艦載型であるSu-33の影響を受けているようにも見える。

これは高速を狙ったと思われるものであったが、一次審査後にDSIインテーク(F-35などと同様の、インテーク内側にこぶ状の突起をもつもの)に変更されたと言われている。

Su-27の艦上戦闘機型Su-33。開発は1970年代、配備は1998年に開始されている(Photo:Dmitry Terekhov)

 

なお、Caret型インテークとは、F/A-18E/FスーパーホーネットやF-22に見られる固定式の矩形インテークを指す。

F-15などに見られる二次元可変ランプ付インテークは、可変ランプ(中の板が傾く)により速度に合わせて空気流量を積極的に制御し、より良い高速性能を追求していた。

F-22のCaret型インテーク。インテークと機体の境目に隙間が設けられている(Photo:U.S. Air Force photo/Airman 1st Class Malia Jenkins)
F-14の二次元可変ランプ付インテーク。音速飛行時に音速の空気を直接取り込まないように(エンジンが壊れてしまうため)、上部の板が下がって空気流を減速させる仕組み(Photo:BrokenSphere)

両者に共通しているのは、インテークと胴体の境目に隙間をおき、境界層(機体表面近くに存在する低速の空気の流れ。吸入するとエンジン効率に悪影響を及ぼす)を逃がす効果を得る。高速発揮に向いているものの、構造がやや複雑で、重量が重くなってしまうのが難点であった。

一方、DSIインテークは、入り口付近のコブによって境界層を圧縮して押しのける仕組み。高速性能の発揮にはやや不利とされるものの、単純な構造のため軽量となる。また、コブにより電波反射率が高いエンジン前面を隠すことができるため、ステルス性も高くなる利点がある。

F-35のDSIインテーク。インテークと機体の間に隙間がなく、入り口付近にコブがある(Photo:Rob Shenk)

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薗田浩毅元自衛隊情報専門官、軍事ライター、ネイリスト
(そのだ・ひろき)
1987年4月、航空自衛隊へ入隊(新隊員。現在の自衛官候補生)。所要の教育訓練の後、美保通信所等で勤務。 3等空曹へ昇任後、陸上自衛隊調査学校(現小平学校)に入校し、中国語を習得。
1997年に幹部候補生となり、幹部任官後は電子飛行測定隊にてYS-11EB型機のクルーや、防衛省情報本部にて情報専門官を務める。その他、空自作戦情報隊、航空支援集団司令部、西部および中部航空方面隊司令部にて勤務。2018年、退官。