第9回 武装と油圧で動く装置には要注意!──③インテリアチェック(内部点検)

外部点検(第8回)を終えたら、いよいよ戦闘機に乗り込む。
しかし乗り込む際にも「乗り込み前チェック手順」(30項目)があり、乗り込んだ後もスイッチ類を確認する「インテリアチェック」、そして最終確認の「VERIFY」と点検は続く。
航空自衛隊がどのような過程で安全を確保しているか、パイロットの視点から解説してもらう。

「乗り込み前チェック手順」だけでも30項目!?

飛行機は、車のように直ぐに乗り込んでエンジンスタートするわけにはいきません。まあ、スクランブルでは乗り込む途中からエンジンスタートしますけどね!

それでは乗り込みましょう。まずはハーネスの股の部分と胸の部分をしっかり留めます。上半身が足の付け根(股の部分)からしっかり引っ張られるので少し前かがみになりますが、そのままラダーを登ってコックピット横まで行きます。

でも、乗り込む前に「乗り込み前チェック手順」が30項目ほどあります。日が暮れちゃいますが(笑)、このチェックも自分の命を守るために必要です。

F-16に乗り込む直前、内部を覗き込んで射出座席などの確認を行なっている米軍パイロット(Image:DoDの動画からのスクリーンショット)

少しだけ挙げると、

  1. 自分の服装点検……肩のポケットに鉛筆とかが刺さっていると上手に射出できないため1、他のポケットに物が多く入っていないかを確認。入っていると、これも命取りになります。
  2. 射出座席の確認……5項目ほど2あり、安全装置がすべて入っていることを確認。
  3. 火薬が入っているキャノピー射出アクチュエーター(射出時にキャノピーを吹き飛ばす駆動装置)に安全ピンが入っていることを確認。

……などなど、結構な項目数を確認してからコックピットに入ります。

座席やキャノピーの射出装置は、確実かつ瞬時の作動が要求されるものなので、火薬を人間の力で直接発火させて作動させます。そのため電気作動装置のようにスイッチやサーキットブレーカーがなく、点検要領が他とは異なります。

またここで怠ると、着席してからは二度とチェックすることはできません。座った姿勢では全く見えない場所だからです。その上、自分の命を預けるものですから。


コクピットに入るときは、靴のまま直接座席の上に立つ

これらが終わったらコックピットに入ります。

戦闘機には入口とかはないので、キャノピーを開けた状態で、そのまま機体の縁(ふち)を踏まないように直接座席の上に立ちます。本当に座席の上に立ちます。F-2などは座席の上は黒いムートン(羊の毛皮)ですが、気にしないでで靴のまま立ちます(気になるのは日本人だけかも)。

F-35の座席へ乗り込む際に、座席の上に立つ形になっている米軍パイロット。この後、キャノピーフレームを掴みながら、左右の足を座席の下へ置いていき、着席する(Image:DoDの動画からのスクリーンショット)

そして、スイッチとかに足が触れないように、注意深くキャノピーフレームに手を置いて右足から順番に床に置いて座ります(通常、右のほうが正面に出っ張ったスイッチが少ないからです)。日本の戦闘機は正面に風防がある機首が多いので、そのフレームの縁も利用してゆっくり入ります。

昔、私の友人には強者がいて、このときに左足でマスターアーモスイッチ3を折って飛行機を壊してしまった人がいます。どの戦闘機もマスターアーモスイッチだけはかなり飛び出ているので注意が必要です。

F-15のコクピット。マスターアーモスイッチは比較的大きいので、左足を置く際などに膝や足先が触れないように気を付ける必要がある(Image:DoD)

また、航空自衛隊ではキャノピーフレームには力を極力加えないように指導されます。傷が入ると修理が大変ですし、また傷があるとそこから機体内の空気が抜けて、飛行中大きな音がしますので気になります。

脚注

  1. 肩のポケットに鉛筆とかが刺さっていると上手に射出できないため……射出時は想像を絶する風圧が突然かかります。その際、腕や足、頭は固定されていない場合、大きく振り回されますので、運が悪いとちぎれてしまいます。これを防止するために腕や足はネットなどで拘束されるようになっていますが、鉛筆やペンがあると拘束装置がそこにひっかかり、上手に拘束できない可能性があるため。
  2. 5項目ほど……射出のためのハンドルに安全ピンが刺さっていることや、座席ロケットに安全ピンが入っていること、座席周りの火薬配線が確実につながっていること(座席整備時に接続部部を外す可能性がるため)、座席から火薬ラインがキャノピー射出ラインに留まっていること、一般的な異常がないことなど
  3. マスターアーモスイッチ……Master Arm Switch。武装を使用できるようにするマスタースイッチ。

渡邉吉之・著
『戦闘機パイロットの世界
“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論

飛行時の体感から、計器・HUDの見方、エンジンスタートから着陸までの手順、空戦やマニューバー、失速や緊急時の対応方法まで!

1件のコメント

とても勉強になり、楽しいお話をありがとうございます。(M様)
少し前に、嘉手納のF-15Cを遠くから撮影したYoutube動画を見たのですが、パイロットがヘルメットを被らず(キャノピーは閉まってます)、ひざの上にヘルメットを置いてタキシングを始めたんです。
全機ではなく2機くらいのパイロットがやってました。
あれは何だったんだろうと・・ 撮影した人も、あんなの初めて見たとおっしゃってました。

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渡邉吉之元航空自衛隊パイロット、テストパイロット
(わたなべ・よしゆき)
1951年東京都生まれ。防衛大学校を経て航空自衛隊へ入隊。第8航空団(築城基地)でF-4EJ、飛行開発実験団(岐阜基地)でF-15J戦闘機などのテストパイロットとして勤務。操縦経験機種は各種戦闘機のほか、グライダー、軽飛行機、練習機、大型輸送機、ヘリコプターなど30機種におよぶ。
1990年、F-2支援戦闘機の開発のために三菱重工業に移籍。新製機や修理機のテストフライトを担当し、設計の改善等をアドバイスする。1995年、F-2の初フライトを成功させる。その後、同社の戦闘機の生産拠点である小牧南工場の工場長などを務める。
著書に『戦闘機パイロットの世界』(パンダ・パブリッシング)、共著に『零戦神話の虚像と真実』(宝島社)がある。