第1回 F-2テストパイロットが教える「スマートな音速飛行の技」

連載スタートの今回は、戦闘機を加速させる際に、パイロットがどのようなことを考え、どういう操縦をしているかを紹介していきます。
力任せにスロットルを開いても効率が良くないため、想像以上に細かい操縦手順が必要になるようです。
航空自衛隊や三菱重工のテストパイロットとしてさまざまな飛行機を操縦してきた筆者が、そのテクニックを詳しく紹介していきます。

F-4ファントムⅡで音速飛行に入る

あなたは、どれくらいのスピードを出したことがありますか?
100メートル走って10秒ならば、時速36キロ、車なら高速道路で時速100キロぐらい? 新幹線で時速300キロ、旅客機で時速500キロ程度でしょうか。
ちなみに、音速は時速1,200キロぐらいです。

飛行機も車と一緒で、アクセルを踏めば加速します。
実際はスロットルを開いて、エンジン出力を上げればいいだけです。実に簡単な操作です。

今回は、F-4ファントムⅡ戦闘機でどんどん加速してみましょう。他の飛行機でもいいのですが、F-4が一番飛行特性の変化が大きいため、一番面白いのです。

(Photo:航空自衛隊ホームページよりトリミング)

まずは高度3万6,000フィート(約1万973メートル)、速度マッハ0.9程度から始めましょう。
なぜ、この高度とこの速度なのかには大きな意味がありますが、ここでは時間もないので後日にしましょう。
また、この状態に持っていくためにもそこそこの技量が必要ですが、その方法もまた後日(笑)。

いずれにしても、あなたは3万6,000フィート、マッハ0.9でF-4の前席に座っています。
目の前には青い空間だけ、この高度では普通、雲はありませんので速度感など存在しません。あるのはお尻で感じる軽いエンジン振動と、「シュ~~」というエアコンの大きな吹き出し音だけが貴方を包んでいます。



2本のスロットルの使い方

それでは順を追って、実際の操縦方法をご説明しましょう。
左側にある2本のスロットルをミリタリーレンジ(Military RangeもしくはMIL Range:通常レンジの最大出力部分)まで進めます。これでエンジン回転数が100%となります(ターボファンエンジンでは異なる)。

国立アメリカ空軍博物館に展示されているF-4G ワイルド・ウィーゼル機のコクピット

エンジンの回転数と排気温度が安定したら、スロットルをABに進めます。

このABとは、アフターバーナー装置のことですが、スロットルをアフターバーナーレンジ(AfterBurner Range:アフターバーナー領域)に進めることも指します。

ジェットエンジンの排気ガスには、まだたくさんの酸素が残っていますから、その中にさらに燃料を流して、強制的に燃焼させるのです。これで推力が1.5倍ぐらいになります。
ただし技術的に大変難しい問題もあって、安定させて燃やすのは難しいと言われています。

そしてアフターバーナーを点火させます。
スロットルレバーを左に押し付けてロックを外し、両スロットルをわずかに前進させます。

ここで少し注意がいるのは、スロットルレバーはMILの位置からアフターバーナーレンジ(ABレンジ)へはそのまま真っ直ぐには進められません。一度スロットルを左側へ(壁側)押し付けて、前進させる必要があります。

F-4のスロットルレバーの構造。通常レンジからAB(アフターバーナー)レンジへ進めるには、一度左側にずらしてからABレンジへ入れる必要がある(Illustration:宮坂デザイン事務所)

なお、F-4のスロットルは3段階になっています。「カットオフ(燃料を遮断する位置)」→「IDLE~MIL(エンジン通常運用時の領域)」→「アフターバーナーレンジ」です。

カットオフからIDLEまでは、スロットルを前進させるだけでノッチ(notch:刻み目)を乗り越えますが、IDLEからカットオフへはそのままでは移動しません。フィンガーリフトというレバーを引かないと、カットオフ位置には行くことができません。

これは自由にカットオフまで行く仕様だと、上空でパワーを絞ったときに意図せずにエンジンを止めてしまう危険があるからです!

さらにアフターバーナーレンジにするには、左へ一度スロットルレバーを押し込んで、さらに前進させる必要があります。これも無意識にアフターバーナーレンジには入れないように設計されているのだと思います。

このため、後席からはアフターバーナーレンジにはスロットルを進めることはできません。ただしアフターバーナーをカットすることは可能です。

ちなみにアフターバーナーは実は商品名です。アメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)社のエンジン用呼称で、プラット・アンド・ホイットニー(P&W)社ではオーギュメンター、ロールス・ロイス社ではリヒーターと呼んでいます。

わが国で現在開発中の新戦闘機エンジンは何と呼ぶのでしょうかね~。IHIさんの独自の名前かな?
まあ、日本ではどのエンジンでもAB(エービー)で通じますがね!(笑) 皆様もこれからば「アフターバーナー」とか言わずに、「エービー」と言った方がプロっぽいかも。

渡邉吉之・著
『戦闘機パイロットの世界
“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論

飛行時の体感から、計器・HUDの見方、エンジンスタートから着陸までの手順、空戦やマニューバー、失速や緊急時の対応方法まで!

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渡邉吉之元航空自衛隊パイロット、テストパイロット
(わたなべ・よしゆき)
1951年東京都生まれ。防衛大学校を経て航空自衛隊へ入隊。第8航空団(築城基地)でF-4EJ、飛行開発実験団(岐阜基地)でF-15J戦闘機などのテストパイロットとして勤務。操縦経験機種は各種戦闘機のほか、グライダー、軽飛行機、練習機、大型輸送機、ヘリコプターなど30機種におよぶ。
1990年、F-2支援戦闘機の開発のために三菱重工業に移籍。新製機や修理機のテストフライトを担当し、設計の改善等をアドバイスする。1995年、F-2の初フライトを成功させる。その後、同社の戦闘機の生産拠点である小牧南工場の工場長などを務める。
著書に『戦闘機パイロットの世界』(パンダ・パブリッシング)、共著に『零戦神話の虚像と真実』(宝島社)がある。