第3回 危険な音速マッハ1.4から減速するテクニック

これまで2回にわたって超音速まで加速するテクニックを紹介してきました。
超音速飛行を一通り堪能したら飛行場に戻る必要があるのですが、マッハ1.4以上からの減速は自動車のように簡単ではありません。危険でさえあります。
何しろスロットルを下げても自然には減速せず、勝手に燃料を盛大に消費してしまうからです。
ではどうやって減速させればよいのでしょうか。そのテクニックをご紹介しましょう。

マッハ1.4以上だと減速は困難

今回は、超音速からの減速する際のお話です。操縦しているのが車なら、アクセルから足を離してブレーキをゆっくり踏み込めば安全に減速することができますが、飛行機ではそうはいきません。

まずはアフターバーナー(AB)を切ってスロットルをアイドル(IDLE)位置まで引きます。マッハ1.4程度以下ならば、この操作により約5〜6秒でエンジン回転数は静かに落ちていきます。

しかし、それ以上の速度帯ではエンジン回転数は落ちていきません。超高速で飛んでいる状態でエンジン回転数を急激に減速させると、エンジン内の空気の流れが悪くなりエンジンタービンが溶けてしまうので、回転が落ちないようになっているからです。

また、回転数が落ちないだけでなく、エンジンがその回転数を維持するための燃料が流れ続けます。そのため、減速を得ることができないだけでなく、AB時ほどではないですが、MIL(ミリタリー推力。通常レンジの最大出力部分)でエンジンを回していることになって膨大な量の燃料を消費しつづけることになってしまいます。

 

そこで、スピードブレーキを使用します。

スピードブレーキは機種によってその位置や作動方法は異なりますが、いずれの飛行機も大きな板を空中に広げて膨大な抵抗を作り、機体を急速に減速する機能を持っています。F-15の場合はコックピット後方の胴体の上に、畳ほどの大きさの巨大な板を立ち上げます。

着陸時に機体上面のスピードブレーキを開いているアメリカ空軍のF-15。この写真は着陸時なので大きく立てているが、高速で飛行時は大きくは開けないようになっている(Photo:USAF)

高速道路を時速100キロで走っている車に上に畳を立てるイメージをしてみてください。並大抵の力では支えられませんよね? 時速2,500キロほどで飛んでいる飛行機の上に同じ大きさの板を立ち上げるのは、力学的にも構造的にもかなりの無理を強いることになります。

なのでF-15では、超高速飛行時にはスピードブレーキが大きくは開きません。実際は僅かに開く程度です。

渡邉吉之・著
『戦闘機パイロットの世界
“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論

飛行時の体感から、計器・HUDの見方、エンジンスタートから着陸までの手順、空戦やマニューバー、失速や緊急時の対応方法まで!

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渡邉吉之元航空自衛隊パイロット、テストパイロット
(わたなべ・よしゆき)
1951年東京都生まれ。防衛大学校を経て航空自衛隊へ入隊。第8航空団(築城基地)でF-4EJ、飛行開発実験団(岐阜基地)でF-15J戦闘機などのテストパイロットとして勤務。操縦経験機種は各種戦闘機のほか、グライダー、軽飛行機、練習機、大型輸送機、ヘリコプターなど30機種におよぶ。
1990年、F-2支援戦闘機の開発のために三菱重工業に移籍。新製機や修理機のテストフライトを担当し、設計の改善等をアドバイスする。1995年、F-2の初フライトを成功させる。その後、同社の戦闘機の生産拠点である小牧南工場の工場長などを務める。
著書に『戦闘機パイロットの世界』(パンダ・パブリッシング)、共著に『零戦神話の虚像と真実』(宝島社)がある。