第3回 危険な音速マッハ1.4から減速するテクニック

わずかに上昇して速度を落とす

さて、話を戻します。スロットルを絞ってもエンジン回転数が落ちなくて、スピードブレーキも十分開かないとなると、どうやって減速するのでしょう。減速しなければ、燃料がどんどん減ってしまいます。

まず頭に浮かぶのは、速度エネルギーを高度に変換して減速を狙うことです。

物の持つエネルギーは、運動エネルギーと位置エネルギーです。また、この二つのエネルギーはお互いに変換が可能です。速度を高度に変えれば、速度が減って高度が上がります。逆に高度を下げれば、速度が増加します。

低高度なら、機体を45度ほど上に向ければ、あっという間に減速します。

 

しかし超音速飛行は通常高高度4万フィート(約1万2,000メートル)前後で実施しますので、ちょっと機首を上げてしまうとすぐに5万フィート(約1万5,000メートル)に達してしまいます。規則上、5万フィート以上の飛行は、通常の服装では禁止されています。

戦闘機において、どんな理由であれ禁止されていることをやってしまうと、直接的に生命にかかわります。この高度制限も5万フィート以上で機体に何かあってコックピット圧が抜けた場合、酸素不足で瞬時に意識を失って、数十秒後には地上に刺さっていることになりかねません。

ここでなぜ瞬時に酸素不足になるのか不思議に思うかもしれませんが、人間の体は急減圧された場合、空気が体から一気に排出されるため、酸素を一瞬でなくしてしまうのですね。(※1)

どうしても5万フィート以上に上昇しなくてはいけない任務の場合は、与圧服と言って宇宙服の原型を着ていかなくてはいけません。ただしこの装置が使える飛行機はF-4のみで、その後に開発された飛行機には特殊な機体を除き装備されていませんので、F-15やF-2などでは5万フィート以上の飛行はできません。

U-2R(後期型)用のS-1010与圧服。人工的な気圧なしで上空6万3,000フィート(約1万9,000メートル)に上がると、(酸素不足だけでは済まず)体中の血液が沸騰してしまう。酸素の供給セクションは二つに分かれている(Photo:CIA)

私はF-4EJで7万フィート(約2万1,000メートル)程度に上がった経験がありますが、すでにそこは宇宙空間のイメージで、濃紺の空と青く輝く地球があるだけでした。


上空7万フィートを飛行するMiG-29の機内から外を撮影している。ロシアのMiGFlug社が提供しているMiG-29体験搭乗サービスのプロモーション動画

ただし体は与圧服で圧迫されて動かないし、なんか息も苦しいし、その上飛行機はただの物体となって弾道飛行をしているだけです。(飛行機は)なすがまま、なされるままで放物線運動をしているだけですので、操縦桿を動かしても、飛行機は何も反応しない感じになります。

さてさて、4万フィートから機首をわずかに上に向けます。すると、すぐに5万フィートに到達してしまいますが、機体はわずかに減速してくれます。

(※1)10/3 「口から」という部分を削除・修正しました。

渡邉吉之・著
『戦闘機パイロットの世界
“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論

飛行時の体感から、計器・HUDの見方、エンジンスタートから着陸までの手順、空戦やマニューバー、失速や緊急時の対応方法まで!

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渡邉吉之元航空自衛隊パイロット、テストパイロット
(わたなべ・よしゆき)
1951年東京都生まれ。防衛大学校を経て航空自衛隊へ入隊。第8航空団(築城基地)でF-4EJ、飛行開発実験団(岐阜基地)でF-15J戦闘機などのテストパイロットとして勤務。操縦経験機種は各種戦闘機のほか、グライダー、軽飛行機、練習機、大型輸送機、ヘリコプターなど30機種におよぶ。
1990年、F-2支援戦闘機の開発のために三菱重工業に移籍。新製機や修理機のテストフライトを担当し、設計の改善等をアドバイスする。1995年、F-2の初フライトを成功させる。その後、同社の戦闘機の生産拠点である小牧南工場の工場長などを務める。
著書に『戦闘機パイロットの世界』(パンダ・パブリッシング)、共著に『零戦神話の虚像と真実』(宝島社)がある。